冬は靴下をはいて寝る、家来1です。
----------前編はこちら
さあ、今回も
電波パワー炸裂でドカーンと逝きましょう。
とあるTV番組で登場した、どこだかの教授(だか研究所所長だか)が仰っていた一言。正確には覚えていませんが、こんな内容でした。
「犬は自分の名前を名前として認識できません。あれは、単なる条件反射です。」 つまり彼曰く、かのパブロフの実験と同じようなもので、
名前を呼ばれる=餌をもらえる・誉められる・触られる等の行為=嬉しいこと
という一連の流れで、
名前を呼ばれる=嬉しい事が起こる→条件反射でシッポを振る→きゃあ、この子名前が分かるんだ♪=飼い主ヨロコビー
と言う、勘違いが起こるそうです。
確かに一理あるかもしれません。
私たち人間は、今まで聞いたことがない"言葉(=名前)"を覚えるには、まずは使われる場面との関連付けでその"言葉"を認識しようとします。これは犬でも同じことで、つまり、"名前"を呼んでから餌を与えることによって、
名前=(餌がもらえて)=なんだか嬉しい、という関連付けが出来るわけです。
当然この時点では名前は名前として認識されてはいませんので、前述の教授(だか研究所所長だか)の説は正しいと言えます。
ここまでは。
問題はこの後です。私達人間はどのようにして、その"言葉"を自分の名前として認識するのでしょう?
ご飯が与えられる時にだけ発せられる言葉であれば、それは単にご飯が出てくるおまじないにしかすぎません。しかし、その言葉が、様々な場面で頻繁にかけられるとすると・・・。どこかに連れて行かれる時。優しく頭を撫でられる時。そして、叱られる時。
ご飯が出てくるおまじないだった"言葉"は、それ自身がさらに多くのシチュエーションで使われることによって、次第に実体を形成していき、その結果、言葉=名前というアイデンティティが確立されるのです。
これって、
犬も同じだと思いませんか? おれさまに名前がわからないとおもうのか?
それでは、我が犬舎での犬と人間の
脳内コミュニケーションの取り方の一例をあげます。もちろん「お手」や「お座り」だけではありませんし、どれも根気強くジャーキー片手に教え込んだ技ではありません。日常的にごく普通に
彼らの方からやってくれる行動です。
例えば、ご飯時でも何でもない時間にうちの大ボスセレスを呼びます。
「セレス〜」 手にご飯の器を持っている時は喜びいっぱいでしっぽフリフリです。名前を呼ばれて喜んでしっぽを振っているように見えますが、手に何も持ってないと、「何か用か」という表情でこちらを一瞥するだけです。
常に餌を与える時に名前を呼んでいるのにも関わらず尾の一振りもありません。 つまり、空腹の時に嬉しい対象はセレスという名前ではなくて、ご飯の入った器なのです。
また、うじゃうじゃ集まっている時に
「1頭だけ呼んで車に乗せたい。」
ということがあります。こういう時は目的の犬にリードをつけて群れから分けますよね、普通。
甘〜い、
小沢さ〜ん 名前を呼べばそいつだけ来ます。
「セレスだけおいで」
という具合に。
それから、こう質問をしてみます。
「セレス、マイラは?」 マイラというのは、うちの野郎どものうちの1頭なのですが、これはうちの犬や人の名前(知っている名前)なら誰でも構いません。
さて、この時のセレスのとる行動はつぎのうちどれ?(某動物番組風に)
1.無視する
2.しっぽを振る
3.マイラの方を見る
4.
テレパシーでビュビュビューンと教えてくれる マイラの方を見ます。
ちらっと、視線と鼻先だけを動かして。
「あっちにいるだろうが。見えないのか?」
といいたげな怪訝そうな表情をして。これは微妙な動作なので、注意していないとわからないですが、明らかに、"マイラ"という言葉を仲間の"マイラ"の名前と認識していると言うことです。
いくらでもあります。 餌を与えるときに、複数頭分持って行きます。うちではそれぞれに決まった器も所定の場所も無いので、餌を置くときに「はい、これセレスの、はい、これシリウスの」という具合に差し出すんですが、どの犬も指定された自分の餌以外には決して手を出しません
(人間が見張っていれば) だから、名前くらい分かるんだってば、
教授だか研究所所長〜 ゴールデンのマイラは、ボルゾイ達にはないスキルを持っています。
うちのテラ子さんは放浪癖があって、時たま夕暮れ時の河原や裏山でプチ行方不明になるのですが、
「マイラ、テラさん連れてこい」という変なコマンドで、確実に迷子のテラを探しだし連れて来ます。
あと、これ、キャンプで役に立つのですが、木の枝をマイラに渡して
「これ、世話係に持って行って」という変なコマンドで、普通に世話係に木の枝を届けます。
実は、極めつけは、そのプチ行方不明のテラさんなんですが。この子、名前を認識するどころか実は我が犬舎1のとてつもない技を持っています。これについては後日"ボルゾイの技"で。
よく、名前を呼んで犬を叱るなと言いますが、うちでは、餌をやるときも、褒めるときも、散歩に連れて行くときも、叱るときも、あらゆる場面で名前を呼びかけて、言葉をかけてあげます。名前を呼んで、ジャーキーをあげることもあれば、口を握って注意することもあります。要するに、人間と接するときと何一つ変わらないのです。
そして、その結果、名前は名前として実体を持つのです。
by 家来1